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大阪高等裁判所 昭和30年(ナ)3号 判決

原告 井上豊太郎

被告 和歌山県選挙管理委員会

訴訟代理人 真田重二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告委員会が昭和三〇年五月一九日、和歌山県御坊市議会議員の選挙の効力に関する訴願に対して為した、訴願棄却の裁決を取消す。御坊市選挙管理委員会が、昭和三〇年三月八日右選挙の効力に関する異議に対して為した、異議申立却下の決定を取消す。昭和三〇年一月二六日執行された御坊市議会議員選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和三〇年一月二六日執行せられた御坊市議会議員選挙の選挙人であるが、右選挙においては議員定員三〇名、立候補者六〇名で、投票者総数一六九二二人のところ、開票の結果投票総数一六九〇一票、欠票二一票であつた。そこで同年二月七日右選挙の効力に関し落選候補者中二七名から御坊市選挙管理委員会に異議の申立をしたが、同委員会は同年三月八日異議却下決定を為したので、更に同月一七日被告委員会へ訴願の提起をした。原告も選挙人として右異議却下決定に不服で同月二二日被告委員会へ訴願を提起したところ、被告委員会は同年五月一九日訴願棄却の裁決をし、原告は同月二一日右裁決書の送達を受けた。然しながら右選挙は次の理由により無効と謂わねばならない。即ち、

第一、右二一票の欠票の生じた所以は、選挙人が投票所で投票用紙を受取りながら、投票を為さずに用紙を持ち帰つたによるものと認めるの外ないのであるが、かかる選挙人の行為は公職選挙法施行令第三七条第四二条の規定に違反すると共に、右選挙は選挙の規定に違反して行われたものと謂うべきである。けだし公職選挙法第二〇五条の「選挙の規定に違反する」とは、単に選挙の管理執行に関する規定に違反する場合に限らず、本件のように選挙人において直接選挙に関し法令に違反する違法行為のある場合をも指称するものと解するのを相当とするからである。

第二、前示二一票の欠票は著しく選挙の公正を害するものである。何となれば、若し二一名の選挙人が申合せて投票開始の時に二一票の投票用紙を持ち帰り、投票所外で自己の所属する候補者の氏名を記載してこれを他の者に投票させた上更に投票用紙を持ち帰らせ、順次同様の方法を講じた場合を想定すれば、一人の投票に二十分を要するものとし、投票締切迄十二時間これを繰返すときは、合計七五六票を投票所外で記載して投票することとなり、本件選挙においては優に二名の当選者を獲得する結果となるべく、かかる事態を想うとき本件選挙の公正が著しく害せられたものと認むべきことは明白な事理である。

第三、本件選挙において下位当選者六名の得票数は、二八八票林松二、二八六票酒本数三郎、二八五票金谷為吉、二八一票柳岡市次郎、二七九票村上国二郎、二七二票日野福次郎で上位落選者六名の得票数は、二六九票蓮池弘、二六九票塩路正蔵、二六六票井原好一、二六〇票山田長右ヱ門、二五三票吾妻十太郎、二五一票多田正男であるから、若し二一票の欠票がなく有効に投票せられていたならば、之等下位当選者六名と上位落選者六名との間に当落の異動を生じ得るものであるから、前記二一票の欠票は、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があることは明らかである。

以上の次第で本件選挙は無効であり、かかる欠票の存すること自体により選挙を無効とするのでなければ到底選挙の公正を期しがたいに拘らず、御坊市選挙管理委員会及び被告委員会はいずれもこれを有効として前叙の決定並に裁決をしたのは失当であるから、茲にこれ等の決定及び裁決を取消し右選挙を無効とする判決を求めるため本件に及んだ、と陳述した。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告が本件選挙を無効なりとして主張する部分を争う外原告主張の請求原因たる事実は全部これを認める。然しながら選挙人が投票所で投票用紙を受取りながら投票を為さず、投票所外に持ち出すことは往々あることで、殊に同時選挙の場合においては、投票管理者や投票立会人が十分な監視をして居ても、かような欠票の生じる事例が多いのであつて、本件御坊市議会議員選挙においても市教育委員会委員選挙と同時に執行せられた関係上、各投票所において係員が十分監視をして居たに拘らず、原告主張の如き欠票が生じたものであつて、投票終了後開票に至るまで盗難紛失等の事実は認められないから、結局右二一票の欠票は、選挙人が投票用紙を受取りながら投票を為さずに持帰つたがために生じたものと認めるの外はないのである。而して選挙が無効となるのは、選挙の規定に違反した場合であることは公職選挙法第二〇五条の規定によつて明らかで、右にいわゆる選挙の規定に違反するとは選挙の管理執行に関する規定に違反する場合と解すべきであるところ、かような選挙人の行為は公職選挙法第四六条又は同法施行令第三七条及び第四二条の規定に違反するものではあるが、投票管理者及び投票立会人により相当の監視がなされて居る以上、これを以て選挙の規定に違反するものと謂い得ない。又本件については原告が第二に挙示するような不正事実は何等認められず、その他欠票の結果選挙の公正を害するものと認める事実がなかつたから、単に欠票のあるというだけで本件選挙を無効と謂うは失当である。なお原告が二一票の欠票により下位当選者と上位落選者各六名に異動を生じ得ると主張するが、右二一票は投票せられて居ない以上、これを潜在的有効投票と認めるわけにはいかないから、かかる問題の生じる余地はないのみならず、個々の投票の効力や個個の候補者の得票数に異動を及ぼすか否かの算定問題は当選の効力に関することで選挙の効力に関する問題ではなく、原告の本訴請求はいずれの理由からも失当である。と述べた。

理由

原告が昭和三〇年一月二六日施行せられた和歌山県御坊市議会議員選挙の選挙人であること、右選挙において投票者総数一六九二二人のところ、投票総数は一六九〇一票で欠票が二一票あつたこと、右のような欠票の出来た理由は、選挙人が投票所で投票用紙を受取りながら投票をなさずに持ち帰つたが為めと認められること、同年二月七日右選挙の落選候補者二七名から御坊市選挙管理委員会へ選挙の効力に異議の申立をしたに対し、同委員会は同年三月八日異議却下決定を為し、原告はこれを不当として同月二二日被告委員会へ訴願を提起したが被告委員会は同年五月一九日訴願棄却の裁決を為し、右裁決書は同月二一日原告に送達せられたことはいずれも当事者間に争のないところであつて、原告は右欠票の存在は本件選挙を無効ならしめるものと主張する。

思うに、選挙を無効とすべき場合は、選挙が選挙の規定に違反して行われ且これにより選挙の結果に異動を及ぼす虞のある場合に限ることは公職選挙法第二〇五条第一項の規定によつて明らかであつて、右にいわゆる選挙の規定に違反するとは、選挙の管理執行に関する規定に違反する場合の外、例えば官憲その他による甚だしき弾圧、干渉、妨害、又は広範囲に亘る買収誘惑等のため到底選挙法の理念とする自由、公正な投票が期待しがたいような事由のある場合を指称するもので、候補者、選挙運動者又は選挙人等に選挙法の取締規定に違反するところがあつても、かかる事由は右にいわゆる選挙の規定に違反する場合に該当しないものと解するのを相当とするところ、本件において選挙人が投票所で投票用紙を受取りながら投票を為さずにこれを持帰るがごときは公職選挙法第四六条、同法施行令第三七条第四二条の規定に違反することは勿論であるが、右投票用紙の持出が選挙管理者の管理執行上の手落に基因し若くは管理者との通謀にもとずく等選挙管理者の違反を伴なうものと認められない以上、これをもつて選挙の管理執行に関する規定に違反したものと謂い難いのみならず、原告が想定するごとく選挙人が申合せて投票用紙を持帰り、投票所外で特定の候補者名を記載しこれを他の者に投票せしめる方法を順次繰り返したものと認めるべき何等の証拠もないのであるから、前示二一票の欠票によつて選挙の自由公正を害したものと謂うに由なく、従つて単に欠票のあることのみをもつて直ちに選挙の規定に違反するものとなす原告の所論は到底首肯することはできない、もしそれ選挙における欠票が投票者数に比して著しく多数であるような場合は、単なる選挙人の持ち帰りによるものでないのが普通であろうから、欠票の生じた理由乃至欠票に伴なう不正事実の有無に問題があるのであつて、欠票の存することそれ自身はその数の多少に拘らず選挙の効力を左右するものではないと解しても少しも不都合は生じない。

以上のとおりで、本件選挙はこれを選挙の規定に違反したものと謂い得ないからこれを有効と認めてなした被告委員会の裁決、御坊市選挙委員会の異議却下決定は相当で原告の本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなくこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のごとく判決する。

(裁判長判事 吉村正道 判事 大田外一 判事 金田宇佐夫)

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